ビルの省エネ指南書(47)

熱源機械室のチューニング〔其の11〕

東洋ビル管理株式会社
省エネルギー技術研究室
室長 中村 聡

熱源機械室のチューニング(11)

1、冷房と暖房

 冷房は暖房よりも難しい。それは服装の相違が大きいからだ。男性を例にすると、夏季は背広にネクタイを締めている人もいれば、Tシャツ1枚の人もいる。これだけ服装に違いがあれば、同じ室内であっても、涼しく感じる人もいれば、暑く感じる人もいるはずだ。背広の人が快適ならば、Tシャツ1枚の人は寒く感じることだろう。その点、冬季は夏季ほどの服装の相違がないため、体感的な差は少ないかもしれない。
  服装だけではなく空調区画毎でもビル内の位置が違えば日射条件も違う。人数が違えば輻射熱も違う。老若男女でも温度の感じ方が違って来るのだから、誰を基準として室温を決めるのかが難しい。ビル内の人が全員、同じレベルの快適性を求めても無理な話なのだが、差を縮める調整は必要だ。
 センサー温度に頼るのではなく、ビル内を歩いて廻り、自分の肌で冷暖房状況を感じ取ることが大切であろう。服装を見たうえで、扇子等で煽いでいる人が居るのか、汗をかいている人が居るのか、汗を拭いている人がいるのかをチェックするのだ。
 暑くなくても「暑い」と言うことはできるが、暑くないのに汗をかくことはできない。背広姿で汗もかいていない人の「暑い」というクレームに対応する必要はないだろう。

2、クレーム

 自社ビルならば社員に我慢をさせることもできるが、商業ビルではお客様から暑いというクレームがあれば、クレームを優先して冷房温度を下げる場合もあるだろう。しかし厚着の人のクレームを優先すれば、寒く感じる人が多くなり、この人達はクレームを言わずに我慢することになる。冷房温度が少し低くても、商業ビルではこのようなものなのかと思って我慢をするのである。
 ビルの管理者が設備管理員に絶対にクレームの無い空調をおこなうように言うこともあるだろう。ビルの設備管理員にとってクレームの来ない空調をおこなうことは非常に簡単である。温度的に余裕のある冷温水を多めに流しておいて、空調設定温度を24℃ぐらいに設定し、あとは空調機の温度制御に任せておけばよいだけだ。これでクレームが来るならば、その区画の温度設定を少しだけ変えればよい。あとは空調温度のことは何も考えなくてもよいのだから、これほど楽なことは無い。
 しかし、これでは余裕のない熱供給を目的とした熱源チューニングができる訳がない。設備管理員にとっては、一日に数件のクレームが来る空調をおこなうようにと言われれば非常に難しい。冷房時には厚着の人や日射の当たる窓の近くに居る人の一部からクレームが来るような空調をおこなわなければならないからだ。
 
 
 在室者を見たうえでの微妙な室温調整、余裕のない冷温水温度と流量の設定、まさに紙一重の調整をしなければならない。設備管理員も常時空調状態に目を配らなければならず、これほど技術と手間を要求されることはない。
 クレームの来ない空調をおこなっている設備管理員を優秀な技術者と思うのか、一日に数件のクレームが来る紙一重の空調をおこなっている設備管理員を優秀な技術者と思うのかは、ビルのオーナーと管理権原者次第であるが、紙一重の空調のほうが省エネになることは間違いないであろう。

3、空調区画

 事務所ビル等はいくつもの部屋で区切られているため空調区画が分かりやすい。同じ空調機ならば給気温度は同じであるが、各室内の空調負荷は窓、方角、人数、OA機器などによっても違ってくる。VAVによる変風量で給気量を制御していれば部屋毎の温度差はある程度抑えられるだろうが、定風量ではそうはいかない。季節毎の空調負荷を考えながらダンパーでの給気量調整は必須だろう。
 空調機の還気温度が分かっていても、それはその空調区画の平均温度であり、部屋の室内温度を表しているわけではない。空調区画内の各所にある温度センサーで計測している場合もあるだろうが、近くにOA機器等があれば温度は高く表示され、温度センサーは窓の近くには設置されていないので、センサー温度よりも夏季の窓側は暑く、冬季の窓側は寒くなってしまう。
 夏季に人数の多い部屋は暑いので既定の室温を維持する努力が必要であるが、冬に人数の少ない部屋が寒いからと言って規定の室温まで上げる必要があるかは難しいところである。暖房は服装である程度は寒さを防げるので、少人数の部屋は既定の室温に達していなくても、ある程度の我慢が必要かもしれない。空調条件の悪い100人が居る部屋を基準とした熱の供給ならばよいが、1人しか居ない部屋を基準とした熱の供給をおこなえば、1人のために多大のエネルギーを使うことになる。
 空調条件が悪い、少人数の部屋を基準にしたのでは、熱源チューニングをおこなう意味がないのだ。

4、空調負荷

 空調条件を全て考慮に入れた上でのビル全体の冷暖房状況を把握しなければならないが、ビルの設備管理員ならば当然に把握できているはずだ。
 冷房にとっては南側や西側に窓のある部屋が最も空調負荷が高く、暖房にとっては北側に窓がある部屋が最も空調負荷が高くなる。空調負荷の変動が少ない部屋は窓のない部屋であろう。このように季節によっても、窓の有無や方角によっても空調負荷が変わるのだから、余裕のない熱の供給をおこなうといっても簡単ではない。
 室内の給気口にあるダンパーで給気量を季節毎に調整して、室内での温度のバラツキを無くしながら、必要に応じてファンコイルを運転したい。ファンコイルを常時運転する必要はないのだ。
 商業ビルのように、部屋毎に区切られていない一つの広い空調区画の場合は、場所毎の温度差が大きくなるだろうから調整も難しくなる。
 熱源機械室から最も遠方にある空調機は、冷温水流量が不足する熱供給条件の悪い空調区画となる。日射がある空調区画は冷熱負荷が多く、日射のない区画と比較すれば冷熱供給量が不足する冷房条件の悪い空調区画である。冷水出口温度を下げると同時に往還ヘッダ差圧を上げて冷熱供給量を増やせばよいのだが、冷房条件の悪い空調区画に冷水温度と流量を合わせたのでは、冷房条件の良い空調区画の空調機にまで必要以上の冷水を流す結果となる。それでは熱源チューニングができなくなるので、冷房条件の悪い空調区画の冷房負荷を減らすために、遮熱や断熱、照明発熱の対策等を行いたい。同じ空調区画内でも冷房の効きが悪い場所があるならば、その場所への給気量を増やす工夫や区画全体の気流を考えた調整を行う必要もある。空調条件の悪い部屋に合わせた冷暖房をするのではなく、若干の温度差が生じても、どこまでなら我慢できるかを考えた調整をしたい。

5、温度差

 同じ室内であってもドアが開いているのか閉まっているのかでも気流の強さや方向が変わり、窓が少し開いているだけでも変わってくるので、室内温度が全て一様になる訳もないが、できるだけ場所毎の温度差が小さくなるように調整しながら、最も空調条件の悪い場所に合わせて冷暖房状況をチェックしなければならない。
 各場所の温度差が小さくなるように努力して調整しているビル。努力はしているが調整が難しく、仕方なく空調条件の悪い場所に冷温水温度を合わせているビル等いろいろあるだろうが、空調区画内の温度が1℃以内に抑える努力は必要だ。冷房ならば28℃~27℃の範囲に収まればよいが、28℃~26℃ではクレームが増えることだろう。
 上手く温度差の調整ができないならばファンコイルの使い方を考えてほしい。ファンコイルが主で空調機が従となるような冷暖房では、各部屋任せの冷暖房となってしまい、温度差が大きくなるばかりである。温度差を小さくするには空調機が主でファンコイルが従となるように調整すればよい。冷暖房条件のよい場所は空調機の給気だけで冷暖房を行い、条件の悪い場所だけファンコイルを併用すれば各場所の温度差も小さくなるだろう。このように調整してから冷温水温度と流量を空調可能なぎりぎりまで余裕を無くせばよいのだ。
 空調機に流れる冷温水温度もファンコイルに流れる冷温水温度も同じ温度だが、流量は変えることが出来るはずだ。ファンコイルへの流量は各場所の温度差をなくすに必要な最低減の流量になるように調整すればよい。
 各場所の温度差が出来るだけ小さくなるように調整したうえで、余裕のない熱供給を目指すのが、熱源チューニングである。